2009年6月7日日曜日

説教:「生まれ変われるなら・・」

2009/06/07 三位一体主日礼拝
説教題:「生まれ変われるなら・・」
- Se você pode nascer de novo・・ -

聖書箇所
・ 第一の日課 イザヤ Isaías 6: 1~8 (p.1069)
・ 第二の日課 ローマ Romans 8:14~17 (p.284)
・ 福 音 書  ヨハネ João 3: 1~12 (p.167)

説教
導入

 今日の聖書の箇所を読んで、「生まれ変われるなら、何になりたい?」というよくある話を思い出しました。聖書の話とは余り関係がありませんが、そんな他愛もないことを友人と話してみた学生の頃を思い出したりもしました。
 人は誰でも、「生まれ変われるなら・・・」とフト思ったことがあるかもしれません。「生まれ変われるなら、こんなことをしてみたい」と楽しい夢を思い描いてみたり、「あの時、こうしておけばよかったんだがなぁ」と悔しい思いで何かを思い出したり。
 教会の藤原さんからお借りした、ブラジル移民百周年記念の「祖国はるかに」という歌集を時折読み味わっています。134 人のブラジル在住の方々の短歌には、それぞれの人生の楽しかったこと、つらかったこと、望郷、希望、迷い・・・、などの思いが、ブラジルの大地の風景や、祖国から持ってきた花の苗を眺める風景などとともに綴られています。長く、深く、重い意味を持つ人生が、それぞれの短い歌に見事にこめられているのを、味わい深く読ませていただいています。
 いろいろな人の人生に対する思いということで、今度は、インターネットで「生まれ変われるなら」とキーワードを入れて検索してみます。そうすると、たくさんのアンケート結果や、書き込みが出てきます。「生まれ変われるなら、男と女どちらがいい?」とか、「生まれ変われるなら、今度は何を目指したい?」とか、いろいろな設問があります。どうも、多いのは性別を選ぶものでしたが、その関連でいろいろと読み進んでいると、「いつに戻りたいか?」で議論が沸騰しているようでした。「あのときに戻れるなら・・」ということのようです。
 「楽しかった高校生の頃に戻りたい」と淡い思い出に浸る人もいれば、「一ヶ月前に戻りたい。あの株を売ってしまうから」とか現実的なものもあります。きっと株が下がって大損をしてしまったのでしょうね。分かるような気もします。
 「過去を振り返るより、今を一生懸命生きよ」とか「戻ったつもりで明日も頑張ろうと思う」いう言葉もあります。
 「記憶を持ったまま戻れるわけじゃなければ、いつに戻っても、結局同じ人生になるよ」というのが、「そういえばそうだ」と思える答えです。
 でも中には、「生まれないというのを選べるなら、それがいい」とか、「戻りたい「あの頃」がない」とか、「人生選択、思えば間違いっぱなしだった 。リセットボタンあるなら今すぐ押したいわ」というようなものもありました。
 いろいろなものを抱えて、私たちは生きています。私もこんなことを考えてみて、楽しくなったり、気持ちがズシンと重たくなったりしました。

み言葉に聞く
 今日の聖書でキリストは、「人は新たに生まれなければ、神の国を見ることは出来ない」といわれています。 「私たちは、生まれ直さなければならない」そういわれているようです。
 「そうです、やり直せるものならやり直してみたい」そう答えたいところですが、どうも、そういう意味ではありません。イエスと問答をしているニコデモも、その意味を理解できていません。「年をとった者がどうして生まれることが出来ましょう。もう一度母親の胎内に戻ることが出来ましょうか」と、問い直しています。
 キリストは、現実的にもう一度生まれることでもなく、奇跡的に過去に戻ったり生まれなおしたりする、それらのことを言っているのでもありませんでした。
 肉から生まれたままではなくて、水と霊によって新たに生まれることが必要だと、キリストは続けます。神は土地のチリをこねて人を作り、命の息を鼻に吹き入れられて人は生きたものとなった、と旧約聖書にあるのを最近礼拝で何度か読み、考えてきました。しかし、人は神様との関係を失い、本当の意味で生きてはいなかったのです。そこで、水と霊とで新たに生まれることが必要といわれます。罪の許しと生まれ変わりの洗礼を受けて、そして、聖霊の力を受けることにより、新しくされ、神様との関係も回復され、真の意味で生きるものとされる。そのことをいわれているのです。
 そして、人を創られた父なる神、罪に落ちた人を命を捨てて救われた子なる神のイエスキリスト。天から降り人々の心を助け、動かす聖霊のお働きにより、私たちは新しくされていきます。父と子と聖霊の三つにして一つなる神。その神様を教えられ、覚えるのが、今日の三位一体主日です。

振り返り
 どれだけ人生で成功したかに見えても、富を蓄えたとしても、贅沢をして楽しんでいても、それが本当の幸福ではありません。心の平安、安心、信頼と確信。赦し、赦される関係。助け、助けられる関係。愛し、愛される関係、必要とし、必要とされる関係が私たちの人生には必要です。
 それは、神様との正しい関係を回復し、人と人の本来の関係が回復すること。縦と横のこの関係を回復するために、ちょうど縦と横が交差する十字架の上でキリストは命を捨ててくださったのです。神を愛し信じ、人を赦し愛して、死んでいかれたのです。この方のあらわされた本当の愛を知るときに、私たちの心の有りようは変えられていきます。
 強すぎで人を傷つけたり、弱すぎでいつも自分が傷ついたり。他者を翻弄したり、他者から翻弄されたり。人の目だけを気にしたり、人の痛みもわからず無関心でいてしまう私たちの生き方、そのこと自体をキリスト教では、罪といいます。そんな罪深い私たちが、赦され、変えられます。
それは、もう一度人生をやり直して、いい学校に行くとか、よい仕事につくとか、よい結婚をして、成功をするとか、そういうことで得るものとは比較にならない、人間の根源的な事柄です。それがなければ、人生は無意味なのです。

奨め
 そんな資格が、自分にあるのでしょうか? 不安にもなります。
 しかし、その答えは、今日の旧約聖書にあります。イザヤが神様に預言者として召されるところが記されています。彼は、神々しい天使、そして神様を見たと思いました。その時、自分が預言者にふさわしいと思い、喜んだのではありません。むしろ「災いだ。私は罪深いものなので、滅ぼされてしまう」と言ったのでした。その彼の唇に天使は火を触れさせ、「見よこれであなたの罪は赦された」と言います。
 「不信仰だと思う人ほど、一番信仰深い」「自分は罪深く弱いと思う人ほど、一番赦され、強い人」なのです。
 「人生をやり直したい」「もう一度生まれ変われるなら・・」と絶望している人ほど、真の生まれ変わりに近いのです。
 病や苦境で苦しいときこそ、神様を見上げ、神様に戻ることが出来ます。苦しみや悲しみの中にあるなら、一緒に神様を見上げましょう。
 そして、度々ある、そういう苦境を何度か過ごした人は、今苦境にいる人に、キリストの愛をもって奉仕していきましょう。
 私たち一人ひとりが神様に祝福され、私たちの群れを通して、地域の多くの人にもそれが伝えられるよう、祈りたいと思います。神様の本当の愛を必要としている人がたくさんいます。ともに、いのり、教会の働きをお支えください。
 皆様の上に、大きな祝福がありますように。

 祈り

ようこそ

 日本と関係が深いのに、「遠い国」ブラジル。国のことから、こちらの日系社会のこと、パソコン事情、生活での驚き、そしてもちろん教会の働きについて、思いつきでいろいろと書いています。
 キリスト教に関心がある方はもちろん、ブラジルや外国での生活に関心がある方、ブラジル転勤や留学が決まった方・・、お気軽に覗いてみて下さい。

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