2009年8月31日月曜日

ブラジルのWindowsを日本語に設定

 こちらの日系の方に頼まれて、お手頃のノートパソコンを買って、日本語仕様にセットアップしてあげました。

 外国語のOS(Windowsなど)で日本語が読み書きできるように設定して、 日本語のワードなどを入れるのは、なかなか難しいようです。Windowsもいろいろバージョンや種類があって、どれを買えばよいのか、日本語で説明してくれる知り合いも少なく、苦労される方が多いようです。日本に行く人から日本の高いパソコンを買ってきてもらう方も多いようです。
 ですから、教会でパソコンの相談にも応じるようになりました。新聞にも載せていただきましたので、教会に来られたことのない方々からも何件も電話をいただきました。ブラジルの日系の方々のお役にたてるならと思っています。

 さて、パソコンですが、ブラジルなどの国のWindowsには、日本などいわゆる先進国にはないバージョンがあります。道端でも堂々とたくさん売れらている不正コピーの海賊版の流通を防止するために、機能を制限した廉価版を出しているのです。WindowsVistaではStarter Editionというのがそれです。同時に立ち上げるソフトの数が5つ?とか、VISTAの売りのエアロがないとか、最大認識メモリが1Gに制限されているなど。しかし、普通に使うには、それでも十分です。後で後悔すれば、よりよいバージョンを買って入れ替えれば上位機種になりますし(バージョンアップ優待はないそうです)。
 ブラジルは、金融危機の不況対策で今はコンピューターを買う時の特別な税金(10%くらい?)も非課税になっているらしく、お買い得だそうです。それで、格安のノートパソコンの、セール中で割引のものを買ってきてあげました。
 昔のWindowsは外国語用のランゲージキットというのを購入しなければいけなくて、高価で、しかもわかりにくく面倒でしたが、XPやVISTAでは標準のWindowsにある機能を呼び出して設定してあげれば、日本語の表示と、日本語の入力ができるようになります。スタートメニューやOSそのものの言語は、高価なバージョンでないとだめです(出回っているソフトでそれを解除できる裏技もあるようですが)。


 そこで、ポルトガル語のWindowsVistaのコントロールパネルの数か所をいじって、日本語の表示が可能にし、別のところをいじって日本語の入力・漢字変換の設定をしました。
 次に、ワードやエクセルは高いので、と言って海賊版でもなく、無料の互換ソフトがあるので、これを入れてあげました。それで、ワードとほぼ同じ機能でメニューも日本語の環境が出来上がります。PDFも標準で書ききだせるのでこれで十分ですね。日本の自治体でもこれを標準採用しているところもあります。
 そして、ウイルス対策ソフトの設定と更新や、ウインドウズの更新を済ませて完成です。

 日本の価格競争ほど安くないこちらのパソコンですが、お手頃な割にはなかなか使えるパソコンに早変わりです。
 そう、お店で見るノートパソコンはほとんどウエブカメラとマイクも内蔵されていて、スカイプなどもすぐに使えます。


 パソコンの相談に乗ったり、教えてあげたり、また、日本語を教えてほしいという日系の方々のリクエストにお答えして始めてみた数人の日本語教室のためにも、教会の集会室兼倉庫を片づけて、集会室兼教室にも使える部屋にしてみました。10人くらいの方が出入りしてくださっています。
 教会の青年のアントニオ君も礼拝後残って、一緒にここでパソコンをいじり、ポルトガル語の賛美を探したり、ポルトガル語礼拝の準備をしてくれたりしています。

 日本語礼拝も、液晶プロジェクターで讃美歌の歌詞を礼拝中に表示してみています。小さな讃美歌の本の文字を追うより、見やすいと言ってくださる方もいます。老眼鏡を忘れた日でもスクリーンを見て讃美歌が歌えた、とかも。なにより、みんなでそれぞれの手元ではなくて、前を向いて讃美歌を歌えるのも元気が出ていいですね。先日は、説教の中でガリラヤ湖の周辺をGoogleEarthで表示して、一緒に聖書の世界に飛び込んでみました。


 教会に来られていない方々も含めてみんなの役に立ちながら、みんなの力を借りて、もっと楽しい教会にしていきたいと思っています。
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2009年8月30日日曜日

説教  「神の掟と、人の言い伝え」 -Mandamento de Deus e ensinamentos humanos-

説教 「神の掟と、人の言い伝え」 -Mandamento de Deus e ensinamentos humanos-

聖書朗読  Leitura Biblica
・第一の日課 申命記 Deutoronômio 4:1-8 (旧p.285)
・第二の日課 エフェソ Efésios 6:10-20 (新p.359)
・ 福 音 書  マルコ Marcos 7:1-15 (新p.74)

導入
 新型インフルエンザの流行が激しくなり、ブラジルはついに死者が世界で一番になってしまい、心配でしています。日本もまだ秋になるところですが、急激に集団感染が増えています。「うがい・手洗いの徹底を」と言われます。教会にも、消毒剤を受付に置いています。ご利用ください。

聖書に聞く
 今日の聖書は、食事の前に手を洗うかどうかという論争がテーマになっています。新型インフルエンザで敏感になっている私たちは、「手洗いはしなきゃ」と思います。イエス様と律法学者、ファイリサイ派の人たちとのこの論争は、もちろん新型インフルエンザではありませんが、何が問題で、何が問題ではないのか、そのことを、聖書から聞いていきたいと思います。
 ここで言われる「手洗い」は、単なる衛生上の問題ではなく、お行儀やマナーの問題でもなく、本来、旧約聖書で規定されている掟に派生して、厳格に決められていたもの。もとは、神様と人との間の問題です。ここでいう「汚れた」とは、ウイルスやバイ菌ではなく、罪による汚れを言っています。ですから、規定と言い伝えにのっとり、身を清めることが必要だったのです。
 そして、律法学者やファイリサイ派の人々は、聖書の規定通り、そして、のちに定め増やされていった言い伝えによる規定に沿って、時間をかけて、丁寧にいちいち身を清めてから食事をしていました。
そして、そのようにしていないイエス様の弟子たちを批判してきたわけですが、イエスさまは二つの点で彼らに教えられました。ひとつは、彼らは神の掟ではなくて人々の定めを大切にしているということ。そして、その行いにおいても心が伴っていないということでした。その偽善を厳しく付き、イザヤの箇所を引用し、「この民は口先ではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。 人間の戒めを教えとしておしえ、むなしくわたしをあがめている。」と。

振り返り
 「天声人語」という朝日新聞のコーナーがあり、有名です。大学入試に取り上げられることも多いとのことで、私も大学受験の前に小論文という短い文章を書くためにと読むように勧められました。
 「天声人語」の語源は:「天に声あり、人をして語らしむ」という中国の古典に由来し、「民の声、庶民の声こそ天の声」という意味とされる。また、ラテン語の”Vox populi vox dei.”が元になっているという説もある。直訳は、『民衆の声は神の声である』。などと説明されています。
 「民衆の声は神の声である」ということで、それに耳を傾けることの大切さを説いています。選挙になると、庶民・民衆のご機嫌取りの政策を連発するサービス合戦もちょうどいま日本で行われています。
しかし、これが悪いということではありません。人々の本当の声に耳を傾け、その喜びや、悲しみや、願いや、絶望の声に、如何にこたえるかが国をつかさどる人々には必要でしょう。神も民の声を聞いて、エジプトからユダヤ人を解放しようと、モーセを選びました。
 私たちは、人の声と、神の声を、聞き分けることが大切で、また難しいことであると考えさせられます。そして、いかに心が伴っているかが、大切だと教えられます。形だけか、本当に信仰が、心が伴っているかが問われるということでしょう。

薦め
 ある先輩の牧師先生が、教会の信徒の人たちに、こういわれました。
 「何事も形だけではなくて、心をこめて、奉仕にあたりましょう。そうしなければ、天国に行った時に、皆さんの手だけが天国に入っていて、頭や体は入っていない、なんてことになりますよ」
 そうすると、すかさず、切り返されたそうです。「そうですねぇ。気をつけないといけませんねぇ。しかし、牧師先生も、口先だけでいいお説教だけをしていては、きっと先生の口しか天国に入っていないかもしれませんねぇ」と。
 はっとさせられて、みんなで大笑いをしたそうです。口先だけでもだめ、行いを頑張っていても形だけでもだめ、私たちの心が、神様に向き、そして、隣人に愛を持って向いていることが何よりも大切だと、今日の聖書に教えられます。
 お互いに気をつけて、一緒に、心も体も、手も口も・・一緒に天国で再会したいものですね。
 どうぞ、今週も、心を整えて、人々に愛をもって出会っていきましょう。

祈り

2009年8月28日金曜日

Auto Escola(自動車学校)と運転免許試験

こちらにきて4か月、ようやく運転免許を取る段取りができ、今日テストに行ってきました。
 昨年の11月?にこちらの法律が変わったとかで、それまでは日本の免許証を翻訳して証明をとればブラジルの免許を発行してくれていたらしいのですが、それができなくなったそうです。日本とブラジルは協定がないし、日本にいる日系ブラジル人も日本で運転免許をとりなおさないといけないし、ブラジルでも同様の扱いになったとのこと。DETRANの大臣?が変わったら急に変わったとのことを聞きました。

 当初は、日本人もポルトガル語で一からペーパーテストも受けないといけないという話を聞いていましたが、いろいろと探して聞いてもらうと、そうではなくて、ペーパーテストは免除だそうです。日本語の免許を専門家が翻訳して、証明をとり、書類を作ってもらいます。そして受けるのは、目や身体機能検査・心理テストと、路上試験ということでした。
 いろいろ翻訳料や手数料、一度路上教習を受ける自動車学校のお金、そして、受験料など、かなりかかりますが、仕事にならないので、お願いしておりました。
 
 ようやく、日程が取れで、昨日路上教習、今日路上試験という段取りでした。
 日本で25年以上前に免許をとり、毎日乗っていましたが、いざ段取りを決められての試験というと、焦るものですね。

 路上試験は、縦列駐車、坂道発進、そして決められたコースを一周するという短いものでしたが、マニュアル車でなくてオートマ車に慣れ切っていたこともあり、また、こちらは左ハンドルということもあり、(よく映画とかである)ウインカーを出したらワイパーが動き出し^_^;、坂道発進でサイドブレーキをはずすタイミングがずれてエンストし、汗をかいてしまいました。
 しかし、イメージトレーニングの甲斐あって?、今日は無事にパスしました(^.^)

 お世話になったデスパチャンチ(手続き代行やサポート業者)の業者の方、ありがとうございました。

 さて、テストですが、今日は朝の8時に自動車学校に集合。
 受付や書類の確認をして、試験場に同じ学校の人たちと一緒に教習車で送ってもらいます。
 そこにはサンパウロ北部一帯の自動車学校から来た同様の人たちでいっぱいの列。
 並んで、警察とDETRANの車で書類確認をし、リストにサインをします。緊張気味の人たちの列です。
 そして、あとは、ひたすら待つことになります。
 並ぶ客を当て込んでこういうところには必ず店がたつとのこと、しっかりコーヒーや軽食を売ってもうけています。
 自動車学校ごとに呼ばれて、乗ってきた自動車学校の教習車に一人ずつ乗せられて、助手席にはDETRANの試験官が乗り込み、テストが始まるのだそうです。
 先に呼ばれた学校の子たちは緊張ぎみで「おちつけよ、だいじょうぶ」とお互いに言い合ったり、終わったあと「やったー、受かった~」と飛び跳ねながら列に帰ってくるお姉さんがいたり、悲喜こもごもです。
 2時間くらい(-.-)立って並んでいるので、足腰が痛くなってきます。「折りたたみの椅子を持ってきて貸したら儲かるだろうねぇ」とデスパシャンチの業者の一緒に来てくれた人にいうと、「そうですねぇ、1時間2レアルとかでいいかもですねぇ」というへんじ。
 あんまり時間があるので、ブラジルの社会や、日系人のこと、世代交代のこと、学校や仕事のこと、いろいろ根掘り葉掘り聞いて勉強になりました。
 あんまり順番が来ないので、向こうの試験をしているところに一緒に試験の様子を見に行きました。ちょっと、まだ縦列駐車の段取りとか、ドキドキ?していたので。
 そうしているとようやくうちの自動車学校が呼ばれて、私が一番手でした。パスポートと身分証明証を受験票にはさんで、車に乗り込んでテストです。そう、教習車ですから、助手席にも、教官?や試験官用アクセル、ブレーキ、クラッチがあります。
 さて、実際にいざ始まると思った以上に短いテストで、コースも楽で、試験官もやさしいおじさんでした。終わって、受験票に「A」と書いてくれて、無事合格^_^;
 昨日教習をしてくれた自動車学校のお兄さんと、受付のお姉さんに握手をして「Obridado!」と別れました。

 来週には業者の人が免許を届けてくれるそうです。
 これで、訪問など、教会の仕事にも便利になります。
 あとは、修理が必要な教会の車の修理代か、「買い替えたほうがいいですよ」と言われる買い替え代をどうするか、悩むところです。
 ブラジルで目立たないためにも、あまりいい車じゃなくて、修理して乗るかもしれません。
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2009年8月25日火曜日

新型インフルエンザ

 YahooBrasilのニュースによると、ブラジルでの新型インフルエンザでの死亡者がこの月曜日に500人を超えたそうです。日本でも秋・冬を前にして、本格的に広がっているようで、心配ですね。

 こちらサンパウロも、先週からまた冬らしく寒くなりました。
 実は私は、金曜・土曜日には、熱っぽくなって、「ポルトアレグレに行ったし、新型インフルエンザでは?」と少々あせりましたが、ビタミンCを沢山取って金曜日に早くゆっくり寝ると調子がよくなりました。ちょっと油断して、少し風邪気味だったのだと思います。

 しかし、こちらのルーテル教会の本部からも議長より「新型インフルエンザについて」の手紙も来ていました。ブラジルでは、お辞儀ではなくて、握手やハグをすることが多いので、「教会の人が心配そうなら、ハグや握手をしばらく控える事にしても・・」と書いてあったように思います。また「学校が休校にしている間は、青年会や教会学校の集まりをそれに合わせてお休みにした方が良い」とも書いてありました。
 ブラジルのカトリック教会は、聖餐式の折のパンを信徒に差し上げるときに、よくやるカトリック式の「神父さんが信徒さんの口に直接パンを入れてあげるやり方」ではなくて、「手において渡すやり方」にした方がよいと、方針を出したように、先日こちらのニュースで報じていました。

 選挙の在外投票に行ったときには入り口に消毒用ジェルがおいてありましたし、教会にも消毒用ジェルを買って来て、受付においてみました。
 教会が媒介でウイルスが広がってもいけませんしね。

 教会では、神様の愛が広がるように、頑張っていきたいと思っています。
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2009年8月24日月曜日

ブラジル風すそあげ?

 こちらで買ったジーンズを、先週すそあげしてもらいました。買う店には普通無いようで、街に良くあるちょっとした補正や縫い物をしてくれる小さな店を教えてもらいましたから。
 すそあげは10レアル(500円ほど)。ジーンズは安い店で買うと20-30レアルであるので、これに比べると少々割高かもしれませんが、ミシンが無いので仕方ありません。実はホチキスの大きなのみたいなハンディミシンを買ったのですが、まだ面倒なものでなかなかできず、メトロの駅そばのお店に頼んでみました。

 優しいおばあさんが受け付けてくれて、期日どおりにきちんとやってくれていました。ズボンなど4点をお願いして今した。

 さて、今日の夕方の外出にはいて行って満足していたのですが、帰って着替えのときにびっくり(*_*) なんと、すそ上げが日本でのやり方と違うんです。

 普通、すそを切り落として、そこをくるっと内側に巻いて買ったときのすそと同じ用に縫うものと思いますが、ここのお店は良く見ると、不要な中間部分を切り落とし、切り落としたすそを、もう一度繋ぎ合わせているのです(写真の下側が外観、上側が裏返したところ)。そして、その縫い目は、オリジナルのすそ部分の折り返して縫っている黄色い糸の部分に合わせているので、ちょっと目には分からないのです。


 ところ変わればなのか、そのお店が「これの方が簡単だしこれでいいや」と思ったのかは分かりませんが・・・。ほかのスラックスや綿パンは普通に内側からまつり縫い?をして、普通に縫ってくれていたので安心しました。
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2009年8月23日日曜日

説教:「安心しなさい。私だ -Coragem, sou eu! -」

説教:「安心しなさい。私だ -Coragem, sou eu! -」

聖書 Leitura Biblica
・第一の日課 ゼファニア Sf 3:18~20 (旧p.1474)
・第二の日課 エフェソ Efésios 4:1~16 (新p.355)
・ 福 音 書  マルコ Marcos 6:45~52 (新p.73)

導入
 「九州の福岡から東京へは飛行機で1時間30分。しかし、東京から福岡までは1時間45分。」これは、びっくりしましたが本当の話です。実は、偏西風と言って、西から東に吹いている風の影響。飛行機の追い風と向い風の違いで運行時間も違うんですね。向かい風で、どれだけ舟を漕いでも徒労に終わる。しかし漕がないと、もっと流される。弟子たちの苦労。人生でも、そんな苦労があります。どのように生きていけばよいのでしょうか。

聖書に聞く
 今日の聖書の場面を、少しパソコンの地図で見てみましょう。スクリーンをご覧ください。ここがサンパウロ、中東に飛んでベツレヘム、ガリラヤ、そして、死海とヨルダン川とガリラヤ湖。このガリラヤ湖の北岸に、ベトサイダがあります。マルコの福音書ではこのあたりの記述は少々地理関係が混乱しているともいわれますが、ここだと考えて、一緒にキリストの足跡を思い浮かべてみましょう。ここがパンと魚の奇跡の教会。そして弟子たちを強いて船に乗せガリラヤ湖に船を出させます。そしてイエスは祈られ、岸から眺めます。

振り返り
 向かい風で船がどうにもならない。そんな苦労をしている。しかしよく読むと、それだけではなくて、苦労した揚句に、船の横を幽霊が横切る・・。そんな恐怖を感じる出来事。「もう、終わりか!」と、そんな出来事です。絶望で助けを求め、藁をもすがりたいときに、ちょうど良い助け手が来るのではなくて、逆に、さらに恐ろしい思いをする。「心が鈍くなっていた」とありますが、苦境でますます、ジタバタして、正しい判断ができない。私たちの人生には、そして、教会の歩みも、逆風で苦しい時もある。しかし、心静かに、心の目を覚まして、イエス・キリストを見つけること。そして、この船に来ていただくこと。この船に乗り込んでくださったときに、嵐がやむのです。

薦め
 昨日朝テレビを見ていて、古い歌を聞いてしまったので、それが頭から離れません。「岸壁の母」という歌です。戦地から引き揚げてくるかもしれない息子の姿を、引き上げ船が入港するたびに舞鶴港に行き、岸壁に立ち待っていたという話が、もとになった歌。実在の「橋野いせ」さんは東京都大森に住み、舞鶴まで通ったそうです。戦地に行った息子の身を案じ、きっと帰ってくると、「もしや、もしやと」何度も港から海を、船を見ていた。その姿に、母親の大きな愛情を感じずにはいられません。一方イエスは、岸壁で弟子たちの身を案じて祈り待つのではなくて、荒れ狂う湖に足を踏み出し、彼らのもとまで歩いて行かれた、そんな方だったのです。そして、彼らの船に乗り込まれた。岸壁の母と比較するのも少々不謹慎かもしれませんが、神の愛は、母の愛以上。そして、苦しみ悩み、行き惑う弟子たち、そして私たち人類のために、対岸から見ているだけでなくて、命をかけて、私たちのもとに来て下さった。それがキリストの誕生と生涯、そして、十字架の出来事だったのです。「安心しなさい。私だ」と言われる方の声を聞き、見誤らないように、心の目を覚ましていきましょう。キリストを私たちの船に、心に、迎え入れましょう。私たちそれぞれの人生も、そして、私たちの教会の歩みも、きっと導いて下さいます。

いのり

2009年8月20日木曜日

ようやく(一足お先に)選挙

 ブラジルにきて領事館で在外届をした際に、「在外選挙人証」の登録をしていましたが、ちょうど3ヶ月で間に合うかどうかわからなかったので、領事館の方に勧められて、「郵便等投票」の手続きもしていました。

 公示後にこちらで投票ができるとのことでしたが、なかなか郵便投票の用紙がきません。日本を出る直前にいた選挙区の選挙管理委員会からEMS(国際スピード郵便)で届けられるとのことでしたが。
 今日は、領事館からもご丁寧にお電話をいただき、「まだ届いていませんか?」とのこと。「外出中にこちらの郵便屋さんが届けて不在で日本に返送されているかもしれませんねぇ」とのことでした。そう、小包や書留は、日本のように「不在連絡票」を入れてくれればよいのですが、どうもそれがこちらにはないらしいのです。

 もちろん領事館の責任ではなく、 ブラジルの郵便事情や郵便局の責任ですから、「仕方ないかなぁ」と思いました。「試しに、日本の選挙管理委員会に電話されては?」とアドバイスをいただいたので、「(国際電話の電話代がもったいないので)Skypeの海外電話月額定額制の料金を払って、日本の夜が明けたら電話するかー」 と思っていたら、

 ようやく来ました。郵便局の再配達が。

 これで、ようやく明日、選挙に行ってこようと思っています。
 これを持っていけば、期日まで必着で日本までEMSで送り返さなくても、こちらの投票場で在外選挙人証をもらい、照合して、投票ができるそうです。
 日本の大事な時期の選挙、きちんと参加したいと思っています(^.^)



 ちなみに、本日20日付ニッケイ新聞によると、今回は国外在住の有権者にとっては7度目の在外選挙で、サンパウロ総領事館内の在外選挙人名簿登録者数は、1万3700人だそうです。
 新型インフルエンザ対策で、投票場のブラジル日本文化福祉協会ビルには会場の入口に消毒用のアルコールが備え付けてあるそうです。
 19日付のニッケイ新聞には、18日の公示を受けて、日本国内全選挙区の立候補者名簿の特集記事がありました。たいへんですねぇ。


 海外最多の日本人(日系人)居住地域なんだと、改めて実感します。
 2004年のニッケイ新聞によると、「日本国外の選挙人登録者七万五千人のほぼ六人に一人を占め、『海外最大の票田』となっている。」とのことです。

 こちらサンパウロ教会の会員の方々も、日本国籍で選挙人登録をしている方も何人もいらっしゃるので、礼拝後の昼食時など、選挙のことが話題になり、盛り上がったりもしました。

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2009年8月16日日曜日

いよいよ、ポルトガル語での夕礼拝を始めました。

いよいよ、ポルトガル語での夕礼拝を始めました。

文章は礼拝前に少し見てもらって修正して礼拝に臨みましたが、まだ、修正しきれていない間違えがあるかもしれません^_^; 
恥をかきながらでも、めげずに頑張っていきたいと思います。
今日は、思ったよりたくさんの方々が来て下さり、ビラを見て初めて入ってきて下さったブラジル人の方もいらっしゃいました。

どうぞ、お出でください。
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Culto 16 agost 2009
Leitura Bíblia :Gęnesis 12:1-4
Prédica:"Para onde tenho que ir?"

HINO
1. Faz me Milagre
2. Sobre as Águas
3. Águas Purificadoras
4. Terremoto


Prédica:
1. Abraão
De repente Deus disse a Abraão.
" -Saia da sua terra, do meio dos seus parentes e da casa do seu pai e vá para uma terra que eu lhe mostrarei.".
No entanto, ele não tinha quem o guisse.
Se eu fosse Abraão, diria isso."Para onde?" O meu Deus! , Por favor me informa o destino. "

Este foi a passagem e o itinerário quando eu vim do Japão para o Brasil. Este documento, está escrito corretamente. Quando e onde eu tenho que embalcar no avião. E quantos tempo devo esperar para transferência. Se você tives tudo em mãos, ficará seguro.
Somos muito preocupados e muito ansiosos quando não sabemos para onde temos que ir ou o que vai acontecer no futuro. Mas, na realidade, a nossa vida é muito semelhante a esta. Ou você também não sabe o que vai fazer no próximo ano. Você sabe?Eu só vim do Japão em abril deste ano. Eu não sabia o que ia acontecer. Porem já conhecia esta igreja. E mesmo conhecendo. Eu estava muito preocupado.

2. Os imigrantes do Japão
Há 101 (cento e um) anos atrás começou a imigração Japonesa para o Brasil . Acho que eles estavam mais preocupados. Porque o Brasil é um país muito distante do Japão, e eles não viram esta terra antes. JICA localizado em Yokohama existem documentos e exposições no Museu Histórico da Imigração. Fui lá ver com a minha esposa. E observei a tela do computador, disse a esposa. "Olha, acho que já vi esta pessoa em algum lugar? " Houve um vídeo com a entrevista da Sra. Suda desta Igreja.- Durante a noite, um navio aproximava-se de um porto, e viram uma cidade e nela um farol. Ouvia uma voz; Há luz ali em frente. Tém electricidade no Amazônia no Brasil." Isso e aliviou.-Começam uma nova vida para eles, Sem saber exatamente o que estávam esperando.

3. Nossas vidas.
Não só como os imigrantes, nós queixamos e perguntamos a Deus por muitas vezes. "Para onde?" "Por favor, nos informe o que lugar, qual destino?"
Seja no trabalho, seja no lares, ou nas compras, somos obrigados a decidir. Você as vezes consegue, as vezes falha, as vezes voce se alegra. As vezes atribulado. Você pode ficar perdido. Temos todas essas coisas em nossas vidas.

4. Sinalização rodoviária ou placas
Quando você não sabe onde estão, podemos olhar a sinalização rodoviária. Este é um marco que mostra a rua em frente à igreja. No Brasil tem nome para cada rua, e está escrito em cada uma delas, porque é conveniente para saber. No Japão, já não fnciona assim.

5. Perguntar a rua
E quando você ainda está inseguro, você pode perguntar a rua. Um dia, quando eu fui a Sé com o pr. Ohno para ir ao cartório, ele ouve uma senhora na rua. Depois, desta senhora, outro homem que estava ao meu lado, respondeu junto. Porem , suas orientaçoes foram diferetes, completamente oposito, para um único ocal. Quando você pergunta, deve perguntar muitas vezes. E temos que perguntar para alguém que você confia.

6. Abraão é o pai da fé
Apesar de não saber para onde ir, Abraão foi . Ele é uma verdadeira confiança em Deus.Só a Deus ele dava ouvidos. E Deus estava satisfeito com a fé dele. Por isso, Deus abençoou-o e encaminhando-o. Portanto, ele foi chamado como um pai da fé.
Ouvimos as palavras da Escritura: HEBURUS capituro onze versiculo oito a dez.
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11:8 Foi pela fé que Abraão ao ser chamado por Deus, obedeceu e saiu para uma terra que Deus lhe prometeu dar. Ele deixou o seu próprio país, sem saber para onde ia.11:9 Pela fé ele morou como estrangeiro na terra que Deus lhe havia prometido. Viveu um barracas com Isaque e Jacó, que também receberam a mesma promessa de Deus.11:10 Porque Abraão esperava a cidade que Deus planejou e construiu, a cidade que tem alicerces que não podem ser destruídos.
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Por vezes, reclamamos a Deus pensando na nossa mente, "para onde tenho que ir? "E, por vezes, se perdeu e reclamou a Deus, "para onde devo ir?"
Mas quando nós confiamos em Deus e Leemos a Bíblia, e ouvir a voz de Deus quando podemos ouvir na oração, e viver conforme a orientados de Deus, certamente somos abençoados por Deus.Deus nos mostra o modo como Ele fez a Abraão. E Deus guiará onde quer que vá.
Vamos confiar em Deus.
Algo vai acontecer na sua vida.

7. O culto em Português e a sua vida
O culto em Português começou hoje. e não sei o que está a acontecer ira na próxima.Deus orientar e ajudar. Com sua ajuda, podemos prosseguir.
E nós podemos compartilhar muitas bênçãos entre nós.
Que Deus te abençoe em nossa nova jornada.

Oração
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世界の時差

2009年8月15日土曜日

日系人・先没者追悼法要合同慰霊祭@ポルトアレグレ01

 サンパウロから南の街、ポルトアレグレで日系人の方々の「先没者追悼法要合同慰霊祭」があるということでお呼びいただきましたので、行ってまいりました。
 出来るだけ安い飛行機のチケットをお願いしたので、出発は朝の8時。家を出たのは5時過ぎでした。タクシーでグアルーリョス空港へ行き、飛行機で1時間半ほど。考えてみればこちらで一人で飛行機に乗るのは初めてですが、チェックインや座席の指定もスムーズに対応してくれ、一安心。

 ポルトアレグレは、2年前に出張の際に来たことがありますが久しぶりです。先月礼拝に来る予定でしたが、新型インフルエンザの猛威を心配して急きょキャンセル。しかし、今回は大丈夫でしょう。
 サンパウロからずいぶん南なのと、ここのところずいぶん冷え込んだといわれ、セーターや革のコートを着ていきましたが、拍子抜けするほどの温かさ。急に気温が上がったそうです。前日は、こちらのルーテル教会員の稲垣さん宅にとめていただきました。ボランティアでこちらに来ている中島涯君とも久々の再会、夕食を共にごちそうになり、翌日の確認をしました。

 さて、当日15日は朝の8時過ぎから続々と、日系人援護協会のポルトアレグレの会館に日系の方々が集まります。
 受付をして、しばらくあいさつやおしゃべりをして、時間には2階の集会室に通されました。

 会場は、すでに仏式の法要の準備ができていて、お線香の香りでいっぱいです。祭壇には仏式のスタイルでお供え物などもされています。
 まずは、援護協会の会長さんのごあいさつ、そして、駐ポルトアレグレの三浦領事のご挨拶です。この地域で、この一年で15名の方が又亡くなられたとのことで、お悔やみと、日系人社会のますますの発展をと、挨拶されていました。
 この合同慰霊祭は、仏式と、カトリックと、プロテスタントの合同で毎年持たれているそうです。「戦没者」?と聞き違えましたが、横断幕を見ると「先没者」ですね。先祖や、ブラジルに来て亡くなられた先人や同朋を忍んでと、会長さんから趣旨が説明されていました。

 その次は、仏式の法要です。浄土宗のお坊さんが読経をはじめられ、しばらくして順番に焼香になります。お坊さんは面白いおじいさんで、始まる前にしばらくおしゃべりをしました。九州弁が時々出る一世の方です。「来年はわしゃもうおらんから、あんた、よろしく頼みますよ」と笑いながら話していましたが、読教は堂々たるものでした。

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日系人・先没者追悼法要合同慰霊祭@ポルトアレグレ02

 仏式が終わると、「これで仏式を終わります。少し準備がありますので、しばらくお待ちください」と会長さんが挨拶されると、係の方とカトリックの関係の方が前に出て、仏壇をかたずけ、テーブルで、聖卓を作り始められました(@_@)

 参加者の皆さんは、席を立たず、待っておられます。すこし人数も増えてきました。先ほど入り口で挨拶した神父さんが後ろで祭服に着替えられます。そしてパンとブドウ酒のセットを持って聖卓に向かわれました。

 カトリック信者の代表のような方(あとで御挨拶するとカトリック大学で教えておられるお医者さんでした)が、讃美歌のコピーを配られて、司会をはじめられます。神父さんの祈りや短い説教、そして聖餐式へと続きます。配餐はどうするのかなぁと思っていましたら、神父さんの一人で済ませられました。未信者やプロテスタント信徒など、混在しているので、難しいのでしょうね。

 さて、最後は、私の出番です。先ほどと同様、「これでカトリックの式を終わります。新教の式の準備をしていただきますので、しばらくお待ちください」とアナウンスがあり、我々も準備です。でも、聖卓はもうできているので、お花を換えるのと、お願いしたマイクとスピーカーのチェック、そして、私が着替えて準備OKです(カトリックの方、ありがとうございました)。中島涯君が司会をしてくれ、式分の配布と紹介をしてくれました。讃美歌演奏機を持参していたので、マイクで音を拾って大きな演奏でみんなで賛美しました。
 説教では日系人の方々のご苦労や、貢献をこちらにきて日本祭りに行ってまざまざと知らされたことや、故郷のこと、郷土料理などの話もし、和やかに笑っていただくところもありました。
 そして、内村鑑三の「我らは4人である」という詩を紹介しました。娘を亡くした内村が、信仰のうちに詠んだ詩です。「食卓の四隅の一隅は欠け、四部合奏や賛美の音は乱れるとも、我らは4人である。地の帳簿に一人消え、天の帳簿に一人増えた。しかしいつまでもかくあるのではない。神のラッパが鳴り響くとき、我らは又4人になる・・」というように歌っています。
一緒にしみじみと、自分たちの人生や、先人・家族の道のりを振り返り、祈りのひと時を持ちました。

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日系人・先没者追悼法要合同慰霊祭@ポルトアレグレ03

 式は順調に終わり、昼食会をしました。1階に降り、食券を買って昼食は懐かしい日本式カレーライスです。「牧師さんとお坊さんたちは無料ですよ。いいとこ座ってくれたら持っていきますから」と言われました^_^; お言葉に甘えてカレーをいただき、テーブルをしつらえて食事をいただきました。デザートや果物も出て、みんな楽しそうにおしゃべりしています。お漬物やお盆の?お饅頭も受け付けて売っていらっしゃるようす。
 「この援協(援護協会)での年間の大きな行事はほかには何があるんですか?」と聞くと、「年に3回大きいのがありまして、これ以外には、5月の運動会と、ほかにカラオケ大会ですんかねえ」とのこと。いろいろ話していると、先ほどの三浦領事が来られてしばらくおしゃべりをしました。外務省の草の根支援の援助で、JELAがポルトアレグレのIECLBの施設に新しい教室を作っていただいたことで、お礼を申しあげておきました。他にも、いろいろ気さくに話される、面白い方でした(時には駄洒落も)。

 さて、三々五々解散です。何人もの方と知り合いになり、神父さんやお坊さんとももう一度握手とご挨拶をして、帰宅しました。

 稲垣さんのお宅で、お茶をいただき、NHKのテレビを見て、おしゃべりをして・・・、そして、飛行機の時間までしばらくあるので、街を一人で歩いてみたくなりました。
 近所の説明をしていただき、ぶらっと出かけました。
 半袖でいいくらいの暑さです。牧師服からワイシャツに着替えて、袖をまくりあげて、公演を一周することにしました。公園までの途中、ユダヤ教の会堂がありました。公園にはで店がたくさん出ていて、土産品なども売っています。

 ポルトアレグレは、ドイツ系移民などが多く、ヨーロッパの街並みを思わせる風情があり、またリオグランデドスル州はガウショといわれるカウボーイのいる地域なので、シマホンというお茶や革製品も売っています。思わず、革のハンチング帽を買ってしまいました。スペインでかぶっている人が多い街を知り、気に行って、いくつも買って時々かぶるようになりました。整髪剤で固めなくてもいいし、経済的ですしね^_^; ほしかった革製のいいのを見つけたので、衝動買いです。

公園には家族連れや日光浴の人たちがたくさんです。暖かくなったので気持ちよさそうに楽しんでいます。よく見るのが、この写真のベンチの女性の持っているシマホンです。左の緑のTシャツの子はお湯の入った水筒。右の子が持っている金属のストローのようなものが刺さっているのがシマホンです。ストローの先は金属の蓮の花みたいな楕円形の茶こし?がついていて、抹茶のようなお茶の中に、時おりお湯を注ぎ、チューチューと飲むスタイルだそうです。前に来たときにこちらの牧師に飲ませてもらいました。抹茶みたいで美味しかったですよ。回し飲みするのが礼儀?だそうです。

 思ったより大きな公園で、ちょっと迷ってしまいましたが、GPSのついている携帯電話で場所を確認して時間までに帰ることができました。E-Mobileの携帯、海外でも便利です。ブラジルのナビのソフトを入手して入れているので、音声付で道案内もしてくれます。ナビには通話料もかからないし助かります。

 さて、横断歩道の写真ですが、歩行者用赤信号が面白くて写真を撮りました。
「待て!」とばかりに、手を立てて広げているデザインが面白いですね。わかりやすいし。日本では見ませんが、リオデジャネイロでも見ました。サンパウロでは、まだ見てないかなぁ。


 めずらいしものがあればまた紹介します。

2009年8月12日水曜日

証し 須田清子さん

 新しく始めた、「証し」のコーナーです。

 サンパウロ教会の会員の方から、日本・ブラジルでの人生のこれまでの足跡や、神様との出会いをお聞きしました。
 日本の皆さまは、地球の反対側にいるブラジルの教会の兄弟姉妹のことを、もっともっと知っていただければと思います。
 また、ブラジルや各地でご覧の皆さまには、私たちの人生を守り・導いて下さる神様の不思議な御手を知っていただき、教会へ足を運んでいただけるきっかけにもなればと思います。
 まず最初は、長年教会を支えてくださっている、須田清子さんより、お話を伺いました。
                               牧師:徳弘浩隆
-------------------------
サンパウロ教会  須田清子 

                           
 異国語の理解不十分さと母国語の良さの狭間で葛藤しながら郷愁の念を断ち切れないまま早、半世紀が過ぎてしまいました。
          
 仏教に熱心だった祖父が、前橋市にあるキリスト教の共愛女学校の教育がいいからと言う事で叔母の時代からそこに入学することが決まっていました。そこで初めてキリスト教を知ることが出来たのは神様の摂理だったと思います。毎朝授業前の奨励の時間に讃美歌を歌うこと、聖書を読むこと、祈ること、神様を賛美することを教えられました。そのある日、校長先生が”他の全てを忘れても、ヨハネ 3:16 だけは決して忘れないように、これは聖書全体を縮小したものです。” とお話になった先生の言葉が心に刻まれました。そして最後の学年のクリスマスに受洗して卒業しました。 その後上京して、日福ルーテル小石川教会、河島亀三郎牧師の下、オラフハンセン宣教師から小教理問答を学び、堅信礼を受けてルーテル教会に転入しました。

 1953年9月、戦後のブラジル移民となりアマゾン河口にあるアマパ州マカパ市郊外で野菜栽培をするべく配耕されました。熱帯地方でしかも広大な面積の原始再生林の開拓労働は大変なものでした。でも日曜日には12キロもある町のブラジル人教会に、言葉の全く分からないまま行って礼拝の仲間に入れて頂き慰められたものです。 イエス様が荒野で会われた試練を忍んだ時期でした。 イエス様は” わたしは道であり、真理であり、命である。私を通らなければだれも父のもとに行くことができない。” 稲妻のような力を持ってこのみ言葉を聞かせて下さいました。地の果てとも思えるこんな荒野に来てしまってもイエス様が私と共に居て下さっていることを、この時確信することが出来たのです。失望の涙を喜びの涙に変えて頂いたのです。

 1970年、サンパウロ市にある癌病院のナースとして24年間働く事になりましたが、図らずも藤井浩先生が開設されたルーテル サンパウロ教会のすぐ近くに居住することになりました。先生の任期の最後の年でしたが母教会に戻ることが出来たような大きな喜びでした。 神備え給う!。。。私が教会に行き始めた頃から転居者や帰国者が多く落ち着かない年月を過ごした事を覚えています。政府の移民事業が終わり、商社の方々の出入国が盛んになりましたがこれも10年前後で消えてしまいました。 結局定住したのは戦前戦後の移民がほとんどでした。この方たちは北海道から九州までの各地の出身者ですが、同じ教会に導かれたのです。ブラジルにおいても広大な各地でそれぞれ移民当時の辛苦を耐え忍んで来た方々ですが、今は二世三世の子供たちを立派に育て上げています。私はこのような方々と教会生活をともにさせて頂いています。

 母語で讃美歌を歌い、聖書をよみ、お説教を聞き、祈る時、なにものにも代えられない安らぎと平安が与えられます。 このたび、徳弘先生をお迎え出来たことは喜びであり、感謝であります。新しい希望と勇気を与えられています。

-------------------------------2009年7月------


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2009年8月11日火曜日

Abra os olhos do meu coração

 ポルトガル語の礼拝を始めるにあたり、ポルトガル語のゴスペルソングを教えてもらい聞いています。英語で歌っていた有名な歌のポルトガル語版を教えてもらい、感激しました^_^;
 「Open the eyes of my heart」です。

 でも、節回しが少々違います。

 まあ、気にしないことにします^_^;

★Abra os olhos do meu coração (「私の心の目を開いて下さい」という意)




ほかに、いくつかご紹介しますから、楽しんでみてください。

★Sobre as Água (「水の上を」という意)



★Regis denese

2009年8月9日日曜日

神の愛の語り部(かたりべ)」   -O narrador de amor de Deus -

ルーテル・サンパウロ教会 8月9日 聖 霊 降 臨 後 第 十 主 日(緑)

聖書
 第一日課  アモス書7章10節~15節 (旧 p. 1438)
 第二日課 エフェソの信徒への手紙1章3節~14節 (新 p. 352)
 福音書 マルコによる福音書6章6b節~13節 (新 p. 68)

説教題  Prédica 「神(かみ)の愛(あい)の語り部(かたりべ)  -O narrador de amor de Deus -」

導入
 広島と長崎の原爆記念日、そして、終戦記念日の季節、平和を祈りながら過ごしています。
子どものころ、父と母に連れられて、それぞれの町を訪ね、怖い写真をたくさん見て、小学生の自分には、戦争の悲惨さと平和の大切さという崇高なことよりも、むしろ「怖さ」を感じ、暗い気持ちになったことを思い出します。NHKのドラマ「少女たちの日記」を見ました。爆心地から0.6キロの場所で建物疎開の作業中に223人が亡くなった広島第一高等女学校の1年生の物語でした。亡くなった生徒の日記帳と遺族や友人への取材から構成されたドラマで、遺族である鹿児島教会の会員もインタビューに出演しておられます。戦時下で思春期を過ごした少女たちのみずみずしい毎日が描かれ、それは重苦しい戦争ドラマではなく、さわやかさせ感じました。そして、それが一瞬の原爆によって突然断たれたことから、戦争の悲しさと平和の大切さを訴えかけられたように思います。
 また、被爆体験の語り部たちが高齢になり、病状も悪化し、今まで黙していた人が覚悟を決めて、その後を継いでいく姿も、ニュースで報じられていました。

聖書に聞く
 今日の聖書には、イエス様によって、宣教に遣わされる弟子たちへの心構え、覚悟が語られ、その働きが語られています。今日は、原爆の日を覚え、また企画迎える終戦記念日を思いながら、平和について考え、祈りたいと思います。また、派遣された弟子たちのことを学びながら、今の社会で生きる私たちのあり方について、ともに聖書を学びたいと思います。
 日本のルーテル教会で、中学高校生向けに、毎週水曜日にパソコンや携帯にメールが届くようなメーリングリストがあります。先週私ももらったメッセージを読んで、考えさせられました。次のようなストーリーがありました:「キリシタン殉教の歴史を持つ長崎に、原子爆弾が落とされて大勢の人のいのちが一度に奪われた時、生き残った長崎のクリスチャンたちは「これは神が与えた試練」と、あまりに大きすぎる悲しみや苦しみに、恨むことなくただ黙って堪(た)えようとしたという。けれどもやがて、それではいけないと気がついた。なぜなら、その後も次々に新たな核兵器が開発され、世界に広がっていったから。その流れを止めること、そのために、被爆したつらい体験を世界中に伝えることこそ、神様が自分たちに託した使命だとわかったそうだ。」
 つらい思いをした人は、それを語ることが平和のための使命だと、とらえて、平和の使者へと変えられていきました。
 私たちも、神様から頂いた、苦しみや試練や、そして、恵みや喜びを、神様からの使者として、人々に伝えていくことが願われています。弟子たちの派遣のような、大げさな出来事ではなくても、小さなことでもよいのです。そして、自分が苦しみを受けたので、人にも苦しみを与えてスッとするではなく。悲しみを与えられたから、無差別に他人に悲しみを与えるような出来事をしでかして、解消しようという、悪の連鎖ではなくて、キリストに十字架によって、方向が転換させられることが必要です。

振り返り
 「爆弾には愛を」というキャンペーンと、講演会を数年前したことを思い出します。東京と京都と広島で数年前に行いました。講師は、パレスチナ/イスラエルのベツレヘムにある、クリスマスルーテル教会の牧師、ミトリ・ラヘブ氏です。彼は、パレスチナ人ですが、イスラム教徒ではなくて、代々のクリスチャンです。過激なイスラム教徒が自爆テロをしてイスラエルと対立が激化している様子がよく伝えられますが、パレスチナ人のクリスチャンも昔からいるのです。彼らは、イエス様がお生まれになったベツレヘムの降誕教会のすぐそばにあるルーテル教会に集まります。彼らが民族や宗教のぶつかり合いと戦いをやめて、対話とともに平和に過ごすことを模索し、平和活動と、困窮させられているパレスチナ人の開発援助の仕事をしています。彼を日本に呼び、そして、翌年ボランティアを連れて彼の教会「ベツレヘム・クリスマス・ルーテル教会(Evangelical Lutheran Christmas Church, Bethlehem)」や「ベツレヘム国際センター(The International Center of Bethlehem)」を訪ね、とても仲良くしている同年代の牧師仲間で、ブラジルに来てからも彼とのメイルのやり取りをしています。
 「がれきの天使」と名付けられたものがあります。天使の形をした飾りです。きれいな飾りですが、これは、もともとは、ガラスの破片から作られています。イスラエル軍が報復と称してパレスチナ人たちの家や商店を砲撃し、粉々にされたガラスや、ワインボトルなどから、天使の飾りを作ることを思いついたのです。暴力の応酬で、互いに、もはや信じることができなくなり、見境のない闘争に、少年たちも狩りたてられ、石を投げ、タイヤを焼き、やがては爆弾を体に巻いてテロに走る、それに報復攻撃をして、家族を失い、それにまた報復する・・・。人間の罪のなせる終わることのない、憎悪と悪の連鎖です。ミトリ牧師は、暴力に暴力で報いるのではなく、ただ悲嘆にくれるのでもなく、ガラスの破片で平和の天使を作り、人々の心に愛のともしびをともさせました。そして、それは、商品としても売れ、彼らの困窮した生活を自立へと導く生活再建にも貢献させているのです。尊厳と、愛のある人々に変えることができています。

薦め
 弟子たちも、イエス様によって派遣されました。
 私たちも、教会から派遣されていきます。礼拝は、罪の告白から始まると、先週の説教でお話ししました。そして、礼拝は、派遣の部で終わっていくように形作られています。
 開会の部で罪の告白とゆるしの宣言。み言葉の部で聖書朗読と説教。奉献の部で献金と自分を捧げる祈り。聖さんの部では最後の晩餐の食卓を共に囲みます。そして、派遣の部で神様の祝福を牧師から受け、それぞれの生活の場に、戻るのではなくて、派遣されていくのです。
罪の中に生れ、罪や困難さをもつ私たちですが、礼拝の中でゆるしと神の言葉を聞き、心をもう一度新たに作りかえられて、感謝の捧げものをし、派遣されていくのが、毎週の礼拝です。
罪や挫折や憎しみを、神様の赦しにより、作りかえられて、愛と平和の使者として、派遣されていきましょう。私たちも、「戦争体験の語り部」ではありませんが、「神の愛の語り部」にされていきましょう。

祈り

2009年8月8日土曜日

さくらホーム慰問

 カンポス・ド・ジョルダンというところの、さくらホームという老人ホームに、慰問に行きました。日系キリスト教連盟の婦人部の主催で、呼びかけに応じて日系キリスト教各教派の教会から40人ほどが集まり、 私達夫婦も参加しました。

 朝の6時半にはメトロに乗り、連盟本部のある、ブラジル福音ホーリネス教団本部に集合。そして、7時半に貸し切りバスで出発です。
 高速道路を通り、ひたすら走ります。途中トイレ休憩をしたドライブインのようなところには、日系人を乗せた貸し切りバスが二台とまっています。トイレは長蛇の列。おなじ、カンポス・ド・ジョルダンのさくら祭りに行かれるそうです。さくらホームの前には桜が満開の公園があり、そこでお祭りやバザーもあっているのです。もうしばらく走り、11時ころには到着しました。

 まずは、桜の木の下で、お弁当をいただきました。「日本の花見と違うでしょう」と言われ、そういえば、日本ならブルーシードを敷いて、お昼からビールを飲んでいる人が・・・。でも、暖かな陽気で、今日は気持ちが良い「お花見」でした。まだ冬なんですけどね^_^;
 2-3週前にサンパウロのイビラプエラ公園の桜を見に行きましたが、そこはピンク色の強い品種の桜で下が、ここの桜はもっと薄いピンクで、日本のソメイヨシノとは違いますが、それに似ていて、日本の風情を思い出します。 日系人ばかりでなく、たくさんのブラジル人も来ていました。ステージでは、太鼓や沖縄音楽、そして、ロシア音楽?も順番に演奏されて盛り上がっていました。

 さて、さくらホームでの入所者の昼食の終わりに合わせて、12時過ぎから礼拝です。日系の一つの教会が二カ月おきに集会にも来られているそうで、仲良しの人もたくさんおられます。暖かな居間のソファの後ろに椅子を持ってきて、振り仮名付きで大きな字で印刷された讃美歌のコピーを見ながら、賛美をし、今日の説教者は連盟理事長の斉藤均先生です。ハーモニカを持ち出して一演奏、一気に和やかになり、印象的なお話でした。その後、婦人部の皆さんで日本の歌を合唱。うちの妻も真ん中で歌っていました^_^;

 入所者の皆さんとお別れをして、バスで辺りを一回り。ガイドのお兄さんが、有名人の別荘や高級住宅街、高級ホテルなどを見せてくれました。昔は結核のサナトリウムがあった街だそうですが、今は、軽井沢のような素敵な避暑地です。たたづまいもヨーロッパ風の街並みで、人気があるそうです。

 マーリャ(メリヤス)のセーターなどの工場と安い直売所、そして、チョコレート直売所や、湧水のきれいなところに寄ってくれて、少し「遠足気分」も楽しめた慰問でした。
 


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2009年8月7日金曜日

ポルトガル語での礼拝始めます

 私たちの教会では、日本語での礼拝に加えて、ポルトガル語での礼拝も始めます。
 まずは、第3日曜日の夕方の礼拝として開始します。
 
 Começamos uma culto em Português !
 Vamos Cantar, ler a Bíblia, y orar.
 Culto em português :cadas 3º Domingos 18:00 ás 19:30
 E primero culto é na dia 16 de agost.

 どなたでもお気軽においで下さい。
 Participe! Estou esperando por você!

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2009年8月6日木曜日

サンパウロは禁煙 !?

 8月というのに(こちらでは冬なのにという意味で・・)今日はお昼は31度の暑さでした。
 8月6日は広島の原爆の日ですね。ブラジルでも中継がNHKで放送され、原爆のこと、平和のことを思い、祈りました。また、数年前、パレスチナの牧師と一緒に広島の平和式典に行った暑い夏の日のことも思い出しました。彼は、パレスチナ人の(イスラム教ではなくて)クリスチャンで、ベツレヘムのクリスマス教会の牧師。平和活動や、パレスチナ人の支援を教会を挙げてしている人で、後日彼の教会にも行き、学ばされました。


  サンパウロ州では、明日7日から、禁煙法が発効されるということです。こちら8月4日付のニッケイ新聞の記事を読んで「へー」って思っていましたが、今日、夕方お店に行った時に、ビルの中の灰皿を見て、「おおっ」っと思い出しました。

 時折通るショッピングのビルの中を歩いていると、いつもと同じ風景なのに、何か違うものを感じ、立ち止まりました。
 休憩できるベンチの横の灰皿に、張り紙がしてあり、塞いであったのです。(禁煙マークが日本みたいに「丸に斜め線」じゃなくて、いびつな形はどんな意味だろう?)

 ニッケイ新聞記事によると「人が集まる場所での喫煙を制限するもので、壁や天井、屋根などで囲まれた空間」は対象になるとのことです。

 確かにこのショッピングのビルは、対象になるので、灰皿を覆い、張り紙をしているんだなと思いました。そして、「法律の何々により、いつから禁煙となり、違反するといくらいくらの罰金が・・・」とビルの入り口に立て看板が置いてありました。規制空間内で灰皿があったり、吸殻があった場合には、お店の側に罰金が科せられるとのことだそうです。

 煙草の煙が嫌いで、少しぜんそくやアレルギーがある私としては、街中やお店での禁煙は、ありがたいことです。
 しかし、閉鎖空間でない歩道は対象外なので、歩きたばこが増えるのでは?と、かえって危険ではと心配です。歩きながら煙草を吸う大人の煙草を持つ手が、歩きながら子どもの顔くらいの高さであたることがあるので、これも規制してほしいなと思ったりもします。

 さて、明日から、法律が発効して、より良いサンパウロになるでしょうか?
 期待しています。
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2009年8月5日水曜日

8月8日(土)は老人ホーム慰問

 8月になりました。早いものですね。
 こちらは長雨もひと段落し、今日は春のような日差し。よい天気でした。
 しかし、夕方からまた冬のような(冬なんですけどね)冷たい空気・・・

 夜は、ブレイカーが何度も落ちて、それと関係があるのかないのか、居間の照明の蛍光灯が壊れてしまいました。夜遅いので修理もあきらめ、非常用の蛍光灯とランプをつけて夕食にしました。間接照明でいい雰囲気でしたが、近いうちに修理してもらわねばと思っています。
 実は、この蛍光灯照明、先日「ボン!」と言って本体ごと壊れたのです。それで自分で買ってきて付け替えたのですが、ひと月もたたないのに壊れるとは、家の配線や何かの問題かもしれません(-_-;)
 最近停電がないなぁと思っていたのですが、いろいろなことがあるものですね。まあ、結構楽しんでいます^_^;けれど。


 さて、本題です。
 今週の土曜日は、日系キリスト教連盟の婦人会の主催で、老人ホームの慰問旅行があるので、私達夫婦も申し込みをいたしました。
 Campos do Jordão(カンポス・ド・ジョルダン)という街で、サンパウロ州の中ですが、200KM近く、3時間くらいかかるところのようです。リオデジャネイロからバスで帰る時に通った中間くらいののどかな町の方面でしょうか。

 さくらホームという老人ホームがあり、そろそろ「さくら祭り」もある季節だとか。
 貸し切りバスで50人くらいで、朝の8時に出て、帰りは7時くらいだそうです。

 また新しいブラジルの土地に行けて、いろいろな方々と出会えるので、楽しみにしています。
そして、来週土曜日のポルトアレグレは、今回は中止にならずに行けるようにと願っています。今日、現地の方と電話(スカイプでした)で話し、打ち合わせをいたしました。移民日系人の方々の合同記念会(慰霊祭)があるのです。良い集会になればと思っています。

 日本は「お盆休み」のシーズンに入りますね。
 今日は、日本の仲の良い牧師からスカイプがかかり、顔を見ながら長話をしてしまいました。懐かしかったです。



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2009年8月2日日曜日

見えるもの、見えないもの - O que você vê, o que você não vê -

聖 霊 降 臨 後 第 9 主 日(緑) 

聖書朗読 Leitura Biblica
第一日課 エゼキエル 2:1節-7a
第二日課 コリントの信徒への手紙Ⅱ12:1-10
福音書 マルコによる福音書 6:1-6a


説教題: 「見えるもの、見えないもの - O que você vê, o que você não vê -」

導入
 日本の選挙が近づきました。私も在外選挙登録を領事館で済ませました。2世議員の事が話題になっています。それまで政治とは無関係な仕事をしていても、故郷で大歓迎され、後を継ぐことがよくあり、疑問が提示されています。

聖書に聞く
 今日の聖書には、イエス様は故郷に帰ると受け入れられなかった様子が描かれています。「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。知恵や奇跡はなにか・・」と人々は驚きました。しかし、それで「従った」のではなくて、「つまずいた」のです。故郷の人々は、今までの素性や家族のことを見て、目に見えるものに惑わされて、イエス様に従うことができませんでした。私たちの眼は、表面の事柄にとらわれていて、その真相や、中身を見抜くことが何と難しいことでしょうか。それは、神様に対してだけではなくて、私たちの人間関係でも同様です。人の本当の気持ちや、その人の良さを見つけることができずに分かり合えなかったり、傷ついたり、傷つけたり。逆に、悪さを見抜くことができずに惑わされたり、裏切られたり。

振り返り
 教会では、よく手紙を出します。幼稚園にいる頃もよく入園案内を家内と何千通を徹夜して印刷して、夜中に郵便局に持っていったものです。今は、個人情報の観点から、ダイレクトメイルは出せなくなったようですが、教会や幼稚園のことを見てもらおう、来てもらおうと、一生懸命でした。封筒を開けてもらうのが勝負ですから、きれいにカラー印刷して、中に何が入っているか書いて、宛名は真心が通じるように手書きで・・と気を使いました。人間もどうしたら、中身の本当の良さを分かってもらえるでしょうか。よく見せようとして、背伸びをするようなことが多くあります。着飾ってみたり、相手に強く出て従わせようとしたり、それが私たち人間の常です。しかし、今日の聖書でパウロは驚くべきことを書いています。「キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。・・・なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである」と。力を抜いて、飾らずむしろ弱い自分を見せる。その時に、そこにいらっしゃり、助けてくださっている神様がよく見える、というのです。キリストも徹頭徹尾、人々を愛し、許されました。十字架上でも人々をゆるし、祈られました。力では負けたように見えても、大きなその愛は、勝っています。人々はやがてその愛に心打たれ、飲みこまれていきました。

薦め
 手紙を出すときに、「どうぞ開けてください」と書くより、立派な封筒にしてさぞかし良いものが入っているように見せるより、透明の封筒に入れて、中身を見てもらうようなものです。最近こういう業者も多くありますね。私たちは、どれだけよく生きようとしても、取り繕っても、神様の目から見れば、「罪びと」です。ですから、礼拝は罪の告白から始まります。そして、ゆるしの宣言をいただいて、聖書の言葉を聞き、神様の愛やゆるしについて学びます。洗礼を受け根本的な罪を赦され、そして、聖餐式の度に新たな赦しと力をいただくのです。自分自身が透明の封筒のようになって、その中に宿りいつも導いて下さるキリストの愛が、見え隠れするように歩んでいきたいものです。

ようこそ

 日本と関係が深いのに、「遠い国」ブラジル。国のことから、こちらの日系社会のこと、パソコン事情、生活での驚き、そしてもちろん教会の働きについて、思いつきでいろいろと書いています。
 キリスト教に関心がある方はもちろん、ブラジルや外国での生活に関心がある方、ブラジル転勤や留学が決まった方・・、お気軽に覗いてみて下さい。

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