・第一の日課 列王紀下 2Rs 5:1-14 (AT p.583)
・第二の日課 2テモテ 2Tim 2:8-13 (NT p.392)
・福 音 書 ルカ Lucas 17:11-19 (NT p.142)
説教 Prédica
「ほかの九人はどこにいる?」Onde estão os outros nove?
導入
最近、インターネット上で知り合いから教えてもらった、日本のTVコマーシャルがあります。とっても「泣ける」という話なので、私も見て見て、ずいぶん心動かされました。
そして、いく人もの人にも紹介して、同じような感想をもらいました。今日は、少しこれをまず見ていただきたいと思います。
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東京ガスのCM より(引用させていただきました・有難うございます)
最近息子との会話が少なくなったから、お弁当だけはちゃんと作ることにした。それはちょっとした一方的なメイルみたいなもの。「はい、今日からお弁当」。「ああ」。息子からの返信はなくても続けられた。お弁当はいつだって空っぽになって帰って来たから。過ぎてしまえば3年なんてあっという間で。一つ一つのお弁当に、ささやかな思い出が詰まっている。そして最後のお弁当の日。「ありがとう ってずっと言えなくてごめんなさい」
というものでした。
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毎日の出来事に合わせて、おかずにメッセージを込める母親。3年たって、最後に、「ありがとう」という息子。
親をうるさがり、話をしない。「なんだよ」「うるさいなぁ」しか言わない。自分もそんな思い出があります。素直に、「ありがとう」って親に言えたのは何歳になってからだろうか?と思わさせられます。
さて、神様にはどうだろうか?そのことを、今日の聖書は私たちに問うています。
聖書
イエス様に、重い皮膚病を癒してもらった10人。しかし、戻ってきてお礼を言ったのは、1人だけ。しかも、その人はサマリア人だったのです。当時のユダヤ人達からすると、宗教的には純粋派ではないと、不信仰な人々、差別されていた人々です。
自分はどちらだろう? どんな生活をしているだろう?と考えさせられます。
そして、第二の聖書日課はこう告げています。
「わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きるようになる。
耐え忍ぶなら、キリストと共に支配するようになる。
キリストを否むなら、キリストもわたしたちを否まれる。
わたしたちが誠実でなくても、キリストは常に真実であられる。
キリストは御自身を 否むことができないからである。」
私たちは、キリストに感謝の言葉をいうどころか、キリストを否む時があるかもしれません。そうすれば、キリストも私たちを否まれるしかないのです。
振り返り
もっと神様に感謝をして、心をこめた生活をしなければならないと、日ごろの生活を反省させられます。
よく、若い人が言う言葉、「ラッキー」ではなくて、「有難うございます。」「感謝します」を使いたいとも思わされます。私たちの人生に起こる物事は、「運が良かった」のではなくて、「神様の祝福による恵み」だからです。ならば、きちんと、「有難うございました」とお礼を言いたいものです。
先ほどの、今日のTVコマーシャルの話を思い出します。
親は、「ありがとう」の言葉がなくても、やっていけるもの。会話がなくなったから、一方的にでも、お弁当を通して、語りかける母親。子どもの状況に応じて、気持ちを察してあげて、「がんばれ」とか、「喝!」とか、「おめでとう」とか、「晴れたらいいね」とか、語りかける。親の愛とはそういうものかもしれません。しかし、3年過ぎてようやく、子どもから不器用に、「ありがとう ってずっといえなくてごめんなさい」の紙切れに涙を流す母親なのです。
私も、こういうのを見て、もらい泣きをする年齢になりました。
親の愛、神様もきっとそうでしょう。無償で、一方的に愛する。心配する、語りかける。でも、感謝されると涙を流して喜ぶ、そんな神様なのです。
勧め
今日の聖書から、もう一つ考えたいことがあります。
イエス様は彼に問いかけます。「ほかの9人はどこにいるのか?」
その答えは、「さあ、知りません。彼らは不信仰ですね」でいいのでしょうか? それとも、「ああ、すみません。彼らも連れてくるべきでしたね」なのかです。
教会に集められている私たちは、どちらの気持ちが強いでしょうか?
不安や、納得できないものや割り切れないものを感じて生きていた自分。救われて、安心している自分。しかし、昔の不安や迷いをよく知っているのも私たちです。神様を知らない人にも、神様を伝えていきましょう。この礼拝堂に、沢山の方をお呼びして、共に神様に感謝しましょう。
今週のそれぞれの人生の歩みの中で、母親が作り続ける一方的なメッセージのこめられたお弁当のように、ふと、神様からの一方的な語りかけや愛を感じることがあるでしょう。それを見つける一週間になればいいですね。そして、その時、感謝をいたしましょう。そして、それを、人にもお分かちしましょう。
神様の祝福が豊かにありますように。