旧 約:ミカ書7:14-20
使徒書:コリントの信徒への手紙一9:24-27
福音書:マルコによる福音書2:1-12
説教
「神の愛、人の愛」
導入
今日のテーマは、「神の愛と、人の愛」です。
神の愛とは何でしょうか? 最近送ってもらった、日本の写真を見てください。
しかし、言い伝えでは、神様が湖の上を歩いたのは、人に出会うためではなくて、男の神様が女の神様に会いに行くためだそうです。正確には諏訪大社上社から諏訪大社下社の方向に起こる現象を御神渡と言い、こんな物語があるとのことです。
「神の愛」でも、男の神様と、女の神様のお話と言うことになっています。
聖書
さて、聖書はどうでしょうか。
今日の聖書の箇所は、先週に引き続き、人々がイエス様の元に集まる様子が伝えられています。今日は、そばに行くことができないほど、沢山の人が集まっているようです。一人の病人が登場します。彼は、「自分もそこに行きたい。しかし、いけない」のです。理由は、「病気が重くて、自分で歩けないから」、そして、もう一つの理由は、「せっかく来たのに、沢山の群衆が居るから」でした。
そこで、友人達は驚くべき行動に出るのです。屋根をはがして、病人の寝ている床を、イエスさまのところにつり下ろしたのです。
神様は、人を赦し、救うためにイエスキリストを地上に送られました。そして、イエス・キリストは、命をすり減らしながら、人々に教え、癒やし、奉仕されました。先週までそういうところを読んできました。
そして、今日は、もう一つの大切なことを教えています。イエス様の癒やしと救いを受けるために、友人達が病人を担いで連れて行ったと言うことです。そんな愛を、私たちも生きるように、教えられています。
神の愛と、人の愛です。
振返り
今、日本ではバレンタインデーの話で持ちきりでしょう。2月14日の行事です。ブラジルでは、恋人の日がありますが、日本では2月14日に女性が男性に、3月14日に男性が女性に愛の告白をする日とされています。チョコレート業界が仕掛けたイベントですが、社会中で受け入れられています。
さて、バレンタインという言葉ですが、先日、こんなおもしろい写真をFacebookで見つけました。「バレンタイン」という言葉も、こう読むと、違う意味が見えてきます。
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである(日本聖書協会・新共同訳)」という、有名なヨハネによる福音書3章16節の言葉です。これを英語で書いてみて、こういう具合に並べてみると、真ん中に「Valentine」と言う言葉が隠れているというわけです。愛の告白、それは男女の愛の告白ではなくて、神様の目から見た、神様から人間に対する愛の告白ともいえるでしょう。そんな聖書の言葉の偶然?を見て、「神様の愛」と「人の愛」を考えさせられます。
「人の愛」、しかも男女の恋愛感情の愛、これもとても尊く大切なことですが、それだけではなく、「神の愛」がまず最初に大切です。そして、それに基づいた「人と人の愛」、男女の愛だけでなくて、他者のために、一生懸命になる、奉仕をする、そんな「人の愛」、それが、世界を本当の愛と平和に導きます。そんな愛が大切と、教えられます。
勧め
ポルトガル語礼拝でピアノを弾いて賛美をしてくれるLuiz兄が、先々週の礼拝でもピアノを弾き、歌ってくれました。そして、短い証をしてくれました。
「自分には十字架の形はこう見える」と。「縦の棒は垂直な神と人の関係、神の愛を現わしていると、いつも思います。そして、横の水平な棒は、イエス様が手を広げて人を迎え、抱きしめようとしている形です。そう思いながら、十字架を見上げていつも神の愛を思い、祈らされます」と。
そして、今日の聖書を読んで、それに付け加えるなら、十字架の横の棒は、人と人の愛の関係。それを私たちに示しているのです。これら両方が大切と、神様は教えておられます。
私たちも、神の愛を今日もう一度思い起こし、そしてそれに基づいた人間の愛を私たちの心にも宿らせていただいて、愛と奉仕のキリスト者とされていきたいものです。
皆さんの上に、そして、出会う一人一人の上に、神様の祝福が豊かにありますように。